ガンは癌では死なない
「がん」と診断されたとき、恐怖を感じない人はいません。死を直視することへの恐れや無力感は、言葉で言い表せないほどです。
しかし、少し冷静になって考えてみてください。
「なぜ、がんで死ぬのだろう?」
がんが体中を食い破るわけでもないし、激しい痛みでショック死するわけでもありません。これらはすべて、漫画やドラマの中だけの話です。私たちは、がんでどのように死を迎えるのかをほとんど知りません。その未知なる部分が、さらなる恐怖を生み出しているのではないでしょうか。
意外に思うかもしれませんが、がんそのものが直接の死因になることは、実はほとんどありません。
「癌は癌では死なない」という名言があるように、がんが巨大化すること自体が死を招くわけではないのです。例えば、大きくなったがんが腸を圧迫して腸閉塞を引き起こしたり、食道や気道を塞いで食事ができなくなったり、呼吸困難になったりすることが、死因につながることが多いのです。
このように、がんで亡くなる過程を理解することは、漠然とした恐怖を和らげ、心穏やかに病と向き合うための第一歩になるでしょう。
がんによる体重減少
がんで亡くなる原因の一つに、異常な体重減少があります。これは専門的に「がん悪液質」と呼ばれ、がん細胞が引き起こす、体の静かなる崩壊です。
なぜがんが大きくなると痩せるのでしょう?がんが大きくなると、がん細胞は様々な物質を分泌し、体中のあらゆるタンパク質を容赦なく消費してしまいます。さらに、栄養をうまく吸収できなくなり、食欲そのものも失われていきます。
その結果、体は飢餓状態に陥り、まるで生命を維持するための燃料を使い果たしたかのように、ガリガリに痩せていきます。
がんのサイズ自体が直接的な死因になることは少なく、むしろ、このようにがんが体の栄養をすべて奪い去ってしまうことが、最期へとつながっていくのです。
正常な臓器の機能が奪ってしまうことが、もう一つの原因です。
がんが大きくなると、肺や脳、肝臓といった生きていくための大切な臓器の機能を奪い、死の原因となることがあります。
- 肺: がん細胞が正常な肺を侵食し、呼吸困難を引き起こします。
- 脳: 腫瘍が大きくなり、脳を圧迫することで意識障害を招きます。
- 肝臓: 正常な肝細胞が減り、深刻な代謝異常を引き起こします。
がんは、周囲の組織を食い破りながら大きくなります。このため、以下のようなつらい症状が現れます。
- 痛み: がんが神経や骨を圧迫・侵食すると、強烈な痛みを伴います。しかし、激しい痛みで命を落とすことはありません。
- 息苦しさ: 肺がんが大きくなると、正常な肺が減り、息苦しさを感じます。
- むくみ: 大きながんが脚の血管を圧迫すると、むくみの原因になります。むくみ自体は直接命に関わるものではありません。
このように、がんが大きくなること自体が直接の死因になることは少なく、がんが体の機能を奪い、消耗させていくことが、最期の時へとつながっていくのです。
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まとめ:「癌では死なない」という意味
「がん」と聞くと、多くの人はその塊そのものを死因だと考えがちです。しかし、実はそうではありません。がんは異常な細胞の塊であり、その中から無尽蔵に炎症物質が放出され続けています。
がんが大きくなると、この炎症物質の分泌量が増え、私たちの体は「がん悪液質」という静かなる侵略を受け、徐々に蝕まれていきます。
がん悪液質によって、体のタンパク質が消費され、異常な体重減少が起こります。特に、食事を飲み込んだり、咳をしたり、呼吸をしたりといった、生きるために必要な筋肉が失われていくのです。その結果、誤嚥性肺炎や呼吸不全が命を奪う原因となります。
がんが大きくなり、重要な臓器を圧迫して命に関わることもありますが、これは意外と少ないケースです。「癌では死なない」という言葉は、がんの塊が直接的な死因になるのではなく、がんが引き起こす体の消耗や正常な臓器機能の喪失が、最期へとつながることを意味しています。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。この知識が、がんへの漠然とした恐怖を和らげる一助となれば幸いです。
参考
「癌は癌では死なない」という考え方や、がん悪液質に関する学術的な文献は複数存在します。以下に代表的なものをいくつかご紹介します。
日本緩和医療学会「がん悪液質の概念と最近の動向」
日本緩和医療学会が発表しているガイドラインやハンドブックには、がん悪液質の定義や病態生理、そして緩和ケアにおける対応が詳細に記載されています。
この文献では、「がん悪液質」が、通常の栄養療法では完全に回復し得ない、持続的な骨格筋の減少を特徴とする多因子性の症候群であると定義されています。また、がん悪液質が食欲不振や代謝異常を伴い、様々な機能障害を引き起こすことが述べられています。
ASCO(米国臨床腫瘍学会)のガイドライン
ASCOが発表している「Management of Cancer Cachexia: ASCO Guideline」というガイドラインも、この分野では重要な文献です。
がん悪液質を、6ヶ月以内に5%以上の非意図的体重減少、筋肉量の低下、持続的な食欲不振、全身性の炎症を伴う代謝異常といった基準で定義しています。
これらの文献は、がん悪液質が単なる栄養不足ではなく、がんによって引き起こされる複雑な代謝障害であることを示しています。また、その知識が、患者さんの苦痛を和らげるための緩和ケアや心の準備に繋がることを伝えています。


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